ソフトバンクモバイルの宮内社長が、2015年夏モデルの発表会で、ガラケーは不要であるという趣旨の発言をしたそうです。1
ドコモとKDDI は夏モデルとしてガラホを発表していますが、ソフトバンクはスマホしか発表して言いません。他の2社とは違う方向で行くようですね。
自分の都合を人のせいにしているように聞こえる
まあ、会社の方針としてガラホに積極的でないところがあっても、それほど驚くことは無いでしょう。3社あれば1社くらい方針が違っているほうが、みんな横並びでいるより健全だとすら思います。
将来性が乏しく利益になりにくいガラケーの分野を切る方向で行くという選択は、ソフトバンクらしいと感じます。その事も、取り立てて批判する気もありません。
でも、この発表での社長の言い方にかなり違和感を覚えるんですよね。なんだか、ガラケーを縮小するのがユーザーのせいであるかのような、言い方をしている感じがするのです。
自分達の都合で積極的に縮小するのでは無いと言うために、こんな言い方をしているのかなあ。何にしても、違和感を感じる言い方でした。
以下、どんな言い方をしていたのか、記事から引用しつつ確認してみましょう。
発言内容を検証してみましょう
まず、今後のガラケーの取り扱いについてです。販売を継続するとしながらも、あまり積極的で無い様子を見せています。
4月にソフトバンクモバイルの代表取締役社長 兼 CEOに就任した宮内謙氏は、5月19日に開催された2015年夏モデル発表会で、今後も少数は販売するとしながらも「本質的にはガラケーは必要ない」と語った。
まあ、この部分に関しては、会社のスタンスを表明しただけです。社長として、あるいはソフトバンクとして「本質的にはガラケーは必要ない」と思っているというだけの話ですね。
ですからこの発言を聞いても、ソフトバンクはガラケーやガラホに消極的なのかと思うだけです。気になったのがその次の部分です。
「60代のスマホ比率は5%くらいと言われているが、本当はスマホを使いたいという人の深層心理はすごく高まっている。綺麗な写真が撮れたり、音楽が聴けたり、どう考えてもスマホの方が優れている。(フィーチャーフォンは)出してはいくが、ガラケーやガラホを宣伝したいなんて全然思っていない」(宮内氏)。
この発言って、文脈的には、宮内社長が消費者の意見を代弁しているわけですよね。でも、どうしても私には、消費者の代弁をする体で自分の都合を言っているだけにしか思えないのです。
「本当はスマホを使いたいという人の深層心理はすごく高まっている」といっていますが、本当にそうなのでしょうか?もちろん、スマホを使いたいと思っている高齢者もいるでしょう。でも、それがそんなに強い欲求だとは思えないんですよね。携帯はメールと通話だけで大丈夫と言う人が、やっぱり多いはずですから。
つまりこの部分は、人々がスマホを使いたいと思っているという、社長の願望にしか思えないのです。
ちなみに、「深層心理はすごく高まっている」という表現も良く分かりませんけどね。まあ、今回は良いことにしましょう。話がぶれますから。
もう一つ、「綺麗な写真が撮れたり、音楽が聴けたり、どう考えてもスマホの方が優れている」という部分もかなり気になります。
まず、優れている商品が必ずしも人気になるわけではありません。例えば、コストとの折り合いで安い低機能の方が売れる事だって珍しくないはずですよね。
また、そもそもスマホの方がガラケーよりも優れているのかという疑問もありますよね。ガラケーの方が操作性が優れていると思うから、スマホからガラケーに戻る層だっているのです。つまり、操作性の部分に関しては、ガラケーの方が優れていると思う人もいるわけです。
確かに、一部の機能ではスマホが優秀なのは確実です。でも、単純に「優れている」なんて言い切れるものでもありません。
そして突然、「ガラケーやガラホを宣伝したいなんて全然思っていない」という発言が出てくるのです。おそらくこれが、宮内社長の本音なのでしょう。
スマホを使いたい人が増えたとか、スマホの方が優れているという趣旨の事を言っていましたが、結局ガラケーを売りたくないだけなのです。
さらに、スマホからガラケーに戻った人に関しては、次のように発言しています。
ただし、実際にスマートフォンに機種変更してみたものの、操作性に慣れないなど「ちょっとしたことがバリアになって、ガラケーに戻る方もいる」(宮内氏)ことから、今後は店舗などでスマートフォンを普及させるためのエバンジェリストなどを増やしていきたいとした。
この発言も、ちょっと実感と合わない気がします。「ちょっとしたことがバリア」と言っていますが、本当にちょっとした事なのでしょうか。
一般的には、そんなに安くない額でスマホに買い換えたわけですよね。それに、携帯からスマホに乗り換えるのには、それなりに手間もかかります。
時間的・金銭的なコストを払ったにもかかわらず、一部の人達はまたガラケーに戻すわけです。しかも、ガラケーに戻すには、これまた手間もかかります。
それを「ちょっとしたバリア」程度でこんなことって起きるのでしょうか。「ちょっとした」と言う表現は、宮内社長の願望では無いかと思ってしまうのです。あるいは、問題を小さく見せようと言う、ソフトバンクとしてのメッセージなのかもしれません。
自分の都合だけを語っているように感じる
記事が拾った発言から、全てを判断することは不可能です。もしかしたら、実際に発言を聞けば、違った印象を持つのかもしれません。それでも、少なくとも記事の内容から判断するに、自分の都合だけを言われているような気がするんですよね。
ただ、それだけならまだ良いのです。例えば、「成長が期待できない分野だから切りました」といってくれれば、こちらとしても特に違和感は感じません。
この方の発言からは、「ユーザーが求めているからガラケーは縮小するんだ」というニュアンスが感じられるんですよね。多分、その点が一番大きな違和感では無いかと思います。そして、違和感と言うだけでなく、言い回しがユーザーのせいにしているような印象を受けるのでしょう。
こんな言い方をすると、単純に損だと思うんだけどなあ。何か裏事情があって、こういう言い方を選ばざるを得なかったのでしょうか。不思議です。
それにしても、企業のトップのメッセージの出し方って大事ですよね。孫正義だったら、もっと上手くやったのだろうなと思わずにはいられません。
- ソフトバンク宮内社長、「ガラケーは必要ない」とバッサリ
CNET Japan 2015年5月19日 [↩]
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